風立ちぬシベリアのシーンの意味とセリフの理由は?子供が拒否した心情と理由についても

2021/08/29
 
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扉子
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2019年4月12日夜9時から、日本テレビ系金曜ロードショーにて放送される映画「風立ちぬ」。

これは昭和初期の飛行機設計士・堀越二郎の物語です。

戦争に突入していく日本の中で、美しい飛行機を作る事を夢見て追いかけた二郎。

しかしこの映画「風立ちぬ」には意味深なシーンがたくさんあります。

今回はその中でも、印象的であるシベリアのシーンについてお伝えします。

 

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シベリアのシーンで二郎と本庄がやりとりしたセリフ

映画「風立ちぬ」シベリアのシーンで、

二郎と二郎の友人である本庄がやりとりしたセリフについて。

シベリアを買った二郎はたまたま道端にいた弟おぶった小さい女の子にシベリアを渡そうとします。

ちなみにシベリアっていうのは、カステラに羊羹を挟んだお菓子です。

しかしその女の子は明らかに嫌な顔をしてそのシベリアを拒否します。

 

それを見た友人の本庄が偽善だと二郎に告げるのですね

そして二郎はそれに対して違う、いやそうかもしれないと認めます。

これがシベリアのシーンです。

 

シベリアのシーンで二郎が話したセリフの理由

 

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貧しそうな子供に見ず知らずの大人が、

しかも明らかに上流階級だと思われる大人がいきなりお菓子を差し出してくる。

二郎は困っている人を見ると後先考えずに突発的に行動する癖がありますね。

関東大震災の時も目の前に困っている人を見ると、その人をおぶって助け出したりもしました。

しかし戦争によって日本全体が貧しく子供がひもじい思いをしている中、

二郎は美しい飛行機を作るという夢を追っています。

 

それは本庄に指摘される事ですが

「取り付け金具を作る金だけで、日本中の子供たちに天丼とシベリアを食わすことができる」

というセリフに表されているのです。

 

二郎の夢は日本中の子供の犠牲になりの上に成り立っていると。

そんな自分でありなから、目の前の子供にだけたまたま買ったシベリアを与えようとする。

その自分の何も考えていない行為に二郎は

「いや、そうかもしれない」

と自分の偽善性を認めたシーンでした。

 

子供がシベリアを拒否したシーンにこめられた意味

二郎が差し出したシベリアを子供が拒否したシーンですが、

子供は自尊心を傷つけられたと考えます。

 

子供というのは理由がわからなくても

関わる相手の後ろめたさや偽善性などを見抜く力がありますよね。

この小さな弟たちの面倒を見ているお姉ちゃんは、

大変な生活の中で自分の親や親戚とは違った、

余裕を持った身なりの二郎を見て、自分の世界の人間ではないと判断したのかもしれません。

その貧しい日本の中で綺麗な身なりをした大人が

自分たちが大変だろうと勝手に決めつけてお菓子を差し出してくる。

 

哀れまれていることに、腹が立ったのだと考えます。

 

この子供がシベリアを拒否するシーンは、

人の心の奥を考えられない二郎の子供っぽさや悲しさを象徴したシーンですね。

二郎はこの性格により、菜穂子の結核のひどさに気づかず後悔することになります。

いい人なんだけど人の心を深くは捉えられない二郎の悲しさを象徴しているシーンですね。

 

まとめ

2019年4月12日夜9時から、

日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」にて放送される

映画「風立ちぬ」のシベリアのシーンについてお伝えしました。

「どうして二郎はシベリア子供にあげようとしたのだろうか」という点については

意見が分かれておりまして、

二郎がいい人だから、と言う意見と

二郎の偽善性を表していると言う意見と真っ二つでした。

見る人によって解釈がかなり違うシーンなのでぜひご自身で判断してみてはいかがでしょうか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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